シンオウ地方とヒスイ地方の植生を見る

 その地域にどのような樹木が生えるかは気温や日射量や降水量など、様々な要因によって決定される。現在どのような環境に晒されているかということだけではなく、その地域の地質学的な成り立ちに関係していることもある。植物相を調べて他の地域と比較することで、その地域が昔どのような環境にあったのかを推測することも不可能ではない。

 その地域にどのような植物の集団が存在しているかということ――植生に着目して世界中の気候を区分けしたのが、ケッペンの気候区分である。各月の平均気温と降水量のデータによって、属する気候区分を特定することができる。概ね低緯度から熱帯・乾燥帯・温帯・亜寒帯・寒帯に分けられ、日本は寒帯から熱帯まで幅広く分布している。

 北海道はケッペンの気候区分で亜寒帯に属する。亜寒帯では針葉樹林が形成されると言われているが、実際の北海道で針葉樹が優占する針葉樹林が形成されるのは標高の高い場所と北部から東部にかけての一部のみである。北海道の大部分は、トドマツ・エゾマツなどの針葉樹とミズナラ・イタヤカエデなどの落葉広葉樹が混ざった混交林が存在している。黒松内以南では、ブナが優占する落葉広葉樹林が形成される。

 

 さて、シンオウ地方の植生はどのようになっているだろうか。シンオウ地方は北海道を舞台にしているため、概ね同じような気候のもとにあると推測することができる。そうであれば、我々のよく知る北海道と同じような植物相になりそうだ。

 以下(図1)に示すのは、ブリリアントダイヤモンド・シャイニングパール(以下BDSP)におけるシンオウ地方のマップである。マップに描かれた木に着目して見てみると、円に近い樹形で描かれた木と円錐状の木の二種類が存在していることがわかる。一般的に、広葉樹は幹や枝をよく分岐させた結果卵型に近い樹形になることが多い。一方針葉樹は、枝を分岐させて伸ばすよりも中心の幹が優先して背を伸ばす傾向にあり、円錐状の樹形になりがちである。これを前提とすると、マップの中の二種類の木は、円に近いものが広葉樹であり円錐状のものが針葉樹として描かれていると考えるのが妥当であろう。雪に覆われたキッサキシティ周辺には、円錐状の木ばかりが生えている。つまりキッサキシティ周辺には針葉樹林が広がっているということだ。針葉樹林が形成されているのはこのキッサキシティ周辺のみで、他の地域は円に近い樹形の広葉樹を中心にところどころ針葉樹が混ざった森林が広がっているのがわかる。シンオウ地方も北海道と同様に、大部分は針葉樹と広葉樹が混ざった混交林が形成され、極北部のみで針葉樹林が存在しているのだ*1。かなり似通った植生を持っていると言えよう。相違点としては、北海道では針葉樹林が形成されている東部(トバリシティ~ナギサシティ周辺)*2針広混交林が広がっていることが挙げられる。北海道では黒松内以南で植生が変化するのだが、ゲーム内で描写されているシンオウ地方の最西はミオシティ・シンジ湖のほとりであり、地形的にはおおむね小樽~洞爺湖にあたる。植生が変化する黒松内よりは少し東であり、ゲーム内で植生の変化を見ることは叶わない。ちなみにBDSPにおけるゲーム内の3Dモデルでは、シンオウ地方内の広い範囲で針葉樹らしい円錐状の木が配置されている。

図1. BDSPにおけるマップ画像 引用元(

https://x.com/poke_times/status/1428144685789286403

シンオウ広域で針広混交林が形成されており、キッサキシティ周辺のみ針葉樹林が存在する。

 

 Pokémon LEGENDS アルセウス(以下アルセウス)の舞台となっているヒスイ地方の植生がどうなっているか、またゲーム内でどのように描写されているかを見てみよう。アルセウスの3Dモデルはかなり細かく作り込まれているため、種の同定も試みる。形態的に大きな相違がなければ、北海道で一般的に見られる種が生育しているものという前提のもとで同定を試みる。

・黒曜の原野(登別付近)

 広葉樹と針葉樹の混交林が広がっている(図2)。上空から見るとかなり広葉樹が多めであるが(図3)、ところによっては一部円錐状で葉の密度が小さい針葉樹と思われる樹木が生えている。実際の北海道と同様に針広混交林であることが3Dモデルで表されている。広葉樹の一部では白い樹皮が確認できた(画像4)。白い樹皮として有名なのはシラカンバであるが、北海道に生息する樹木で似通った樹皮を持つ樹木として他にダケカンバ・ウダイカンバが挙げられる。 これら三種の形態は似通っているが、葉の形や葉脈の数で分類することができる。画像での同定は難しいため、シラカンバ・ダケカンバ・ウダイカンバのうちいずれかのカバノキ属樹木であろうという言及に止める。 強いて言うならダケカンバは高山帯に生息することが多いため、画像の樹木がダケカンバである可能性は低いか。

図2. 黒曜の原野
針葉樹(画像右)と広葉樹(画像左)が混在して生息している。

画像3. 黒曜の原野を俯瞰した図
手前側のほとんどが広葉樹である。奥側のみが針葉樹か。

画像4. 黒曜の原野で見られたカバノキ属樹木

 

・コトブキムラ(札幌周辺)

 村周辺に広葉樹と針葉樹が混生している(画像5)。元々は針広混交林が広がっていたところを開拓して村を作ったのだろうか。針葉樹は縦に割れ目があり、枝の伸び方は垂直~上向きである。北海道内の針葉樹として代表的なものとして、トドマツ・エゾマツ・アカエゾマツが挙げられる。これら三種は枝の伸びる方向で簡易的に見分ける方法が有名である(しかしながら、植物の生育状況に伴って例外が多く存在する形質であるらしい)。枝が上方に伸びているものがトドマツで下方に伸びているものがエゾマツ・アカエゾマツであるとされる。写真の針葉樹は枝の伸び方が垂直~上向きであるため、その点だけを見るとトドマツらしく見える。ただしトドマツの樹皮は割れが浅く、しかも横方向に走るため画像内の針葉樹とは異なる。三種ともに樹皮の特徴が合致しない。樹皮は樹齢によって変化することもあり、この情報だけで同定することは難しい。 川辺に生えている木は、マップ上で概ね等間隔に生えていることから人為的に植えられたようにも見える(画像6)。この樹木は恐らくミズナラではないだろうか。ミズナラは北海道の広葉樹として代表的な種の一つである。灰褐色で縦に割れ目がある樹皮を持つ。写真の中で最も重要な同定材料として取り上げたのは、葉である。葉は根元が窄まった楕円形で、大きな鋸歯(葉のふちのギザギザ)を持っている。また、枝の先に集まって扇状に広がるような葉の付き方をしているのが確認できる。これらから、この木はミズナラではないかと推測した。ミズナラは今日の札幌でも天然林が残っている場所であれば普通に見ることができる。

画像5. コトブキムラ周辺
カバノキ属樹木と針葉樹が見られる。

画像6. コトブキムラの樹木
樹皮の色や模様・葉の形状とつき方からミズナラと同定した。

 

 ・純白の凍土(稚内付近)

 針葉樹林が広がっている(画像7)。全体的に枝が下向きに伸びているように見えるが、葉の様子が似ていることから黒曜の原野・コトブキムラに生息していた針葉樹と別種という訳ではなく、雪が積もった重みによって垂れ下がってしまっているのではないかと考えている。ただし、写真(画像8)を見てわかるように針葉樹の中にも葉の様子が二種類存在している。左側の樹木は針状の葉が長い。対して右側の樹木は黒曜の原野・コトブキムラに生息していたものと同じで、糸がたくさん集まったような形状をしている。恐らくではあるが、右側の樹木の葉は、糸のように見える構造の中に細かくて短い葉がたくさん生えているのだろう。このことから、黒曜の原野・コトブキムラ・純白の凍土に共通する針葉樹は一本一本の葉が短いアカエゾマツではないだろうか。対して針の葉が長い種類も同じような樹皮を持っているため確かな同定は難しいが、代表的な三種のうち最も葉が長いトドマツに一番近いという印象を受けた。 林床(森林の地表面)の植物にも注目したい(画像9)。びっしりと地表を覆っているのはササであろう。純白の凍土のモデルとなっている稚内周辺は、クマイザサ・チシマザサが生息している。クマイザサの特徴は葉に白い縁取りがあることである。しかし、この写真で葉に白い縁取りがあるかは読み取れない。一方、チシマザサにしては少し葉が大振りな印象も受ける。この二種のうちどちらが繁茂しているかは不明である。

画像7. 純白の凍土
画像奥も含めて、視野内は全て針葉樹が生えている。

画像8. 別種と思わしき針葉樹
葉の形状で二種が存在していると思われる。画像左は針状の葉が長く、画像右は一つ一つの葉が短く合体したように描写されている。

画像9. 林床植物も含めた純白の凍土の針葉樹林
林床にはササが生えている。

・群青の海岸(知床~野付半島根室周辺)

 北海道では針葉樹林が形成される地域であるが、ヒスイ地方では針広混交林が形成される。場所によっては針葉樹が固まって生育している箇所も存在している。黒曜の原野・コトブキムラと共通する葉を持つ針葉樹が生息しているようだ。シンオウ・ヒスイ地方に共通して、ポケモン世界では東側に大規模な針葉樹林が形成されない。北海道との明確な違いと言えよう。

画像10. 群青の海岸
針広混交林が形成されている。

画像11. 群青の海岸を俯瞰した図
若干他の地域よりも針葉樹が多いという印象も受けるが、統計解析は間に合わず。

 

・紅蓮の湿地(釧路湿原

 広葉樹林が広がっている。他の地域に比べると明らかに針葉樹が生育しておらず、他地域が針広混交林であるのと対照的に描写されている。それもそのはず、実際の釧路湿原にはハンノキが優占する広葉樹林が形成されているのだ。ヒスイ地方の広域で針広混交林であることも、紅蓮の湿地でのみ針葉樹を欠く広葉樹林が広がっているのも、どちらも意図して配置されているのがはっきりした。

画像12-1. 紅蓮の湿地
視野内はすべて広葉樹が生育している。針広混交林が形成されている他地域に比べて、著しく広葉樹の割合が大きい。

画像12-2. 紅蓮の湿地

画像12-3. 紅蓮の湿地

 

 以上のように、ヒスイ地方はごく一部を除き北海道の植生をかなり忠実に再現していることがわかった。また、シンオウ・ヒスイ地方に共通して北海道広域で針広混交林が形成されていることが設定として守られており、偶然などではなく製作者側が意図して地域の植生を反映したマップを作製していることが感じ取れる。特にアルセウスのマップは、普通にプレイしているだけでは見逃してしまいそうなこだわりを随所に感じた。

 

 この記事はMastodonサーバーポケモンマストドン内の企画、Pokemon Advent Calendar 2024 - Adventarに向けて記述したものです。去年一昨年に引き続き、今年も好きなようにちょっと生物っぽいことを書かせて頂きました。本当は植生絡みでもっと違うことを書く気だったのですが、BDSPのマップが針広混交林であることに気付いて一気にこちらの内容に舵を切りました。このような内容の記事を書いておいて今更ですが、筆者はBDSPもアルセウスも未所持・未プレイです。フィールドを全て見たわけではないので、何かしら齟齬があった場合は申し訳ないです。記事内で使用したアルセウススクリーンショットは全てたぶんさんに撮ってもらいました。この場を借りてお礼申し上げます。たぶんさんありがとう~。来年のアドカレはもう少し計画的に進めたいです。皆様、良いクリスマス・年末をお過ごしください。いーでした。

 

*1:Googleマップストリートビューを見ると、宗谷岬にごく近い地点まで行ってようやく明確に広葉樹を欠く針葉樹林が形成されていることがわかる。かなりはっきりと突然針葉樹林になるので、楽しい。

*2:実際は東部全てに針葉樹林が形成されているわけではなく、北部同様一部ではあるが。